アメリカその他・コブラの中古車一覧(1~11件)【グーネット】


もっともカッコいいアメリカ車はなにか。この質問に対しては、いろいろな意見があるだろう。ぼくも何台かすぐに思いつく。「ACコブラ」はなかでもトップクラスである。


イギリスとアメリカが生み出した毒ヘビコブラとはどんな車? · AC エースを大胆にモディファイ

アメリカ車は、ゴツいとかデカいとか豪華とか、いろいろな特徴があるけれど、個人的に好きなモデルはほとんどがレースがらみのスポーツカーだ。ACコブラは代表的なモデルといえる。


沖縄県の嘉手納基地に着陸し、誘導路をタキシングする米空軍のRC135Sコブラボール電子偵察機。RC135は、ボーイング707旅客機と同じフレームで開発されたC135輸送機をベースにした電子偵察機で、2017会計年度で米空軍は22機を運用している。RC135Sコブラボールは、その中でも弾道ミサイルに関するデータの収集と分析を行うことができる複合情報収集任務機で、米空軍も3機しか保有していない。3機とも米ネブラスカ州オファット空軍基地に本拠を置く第55航空団第45偵察飛行隊に所属しているが、北朝鮮でミサイル発射の兆候があるたびに極東に派遣され、情報収集を行っている。

RC135Sは全長41.1メートル、全幅39.9メートル、F108CF201ターボファンエンジンを4基搭載し、巡航速力が時速805キロ、航続距離は6500キロメートルに及ぶ。搭載しているセンサー類についての情報は詳しく公表されていないが、ミサイルの噴射炎を光学分析してロケットエンジンの性能を把握したり、地上からミサイルに向けて送られる指令電波から誘導システムの実態を調べたりする能力があるとみられる。右側の2基のエンジンナセルと右主翼の上面が黒く塗装されているのは、光学センサーによる情報収集のためとみられるが、正確な理由は不明。米国の安全保障にとって欠くべからざる存在で、機体寿命を延ばす改修やエンジン換装による飛行性能の向上が図られているほか、センサーや通信機器類は恒常的にアップデータが行われている(2012年12月日) 【EPA=時事】

アメリカレベル 1/24 シェルビー コブラ427S/C 4011 プラモデル


65年のACコブラ427をシェルビーアメリカンが“コンティニュエーション”(当時から車台番号継続)としていま作っているモデル

ACコブラはアングロアメリカン・スポーツカーと呼ばれる。英国ACカーズの「エース」というスポーツカーをベースに、米国のレーシングドライバーのキャロル・シェルビーが力を貸し、よりパワフルなクルマに仕立てたからだ。

アメリカ陸軍AH-1Gコブラ(初期型)の1/35 プラスチック製組み立てキットです.

「ACコブラ・マークI」と呼ばれた初代は1962年に試作車が完成。エンジンはいくつも試されたが、定番は「289」というサブネームをもっているフォードのV8だ。289とはキュービックインチを使って米国流に排気量を表したもので、4.7リッターを意味している。

ACカーズは1901年、英国に設立された老舗スポーツカーメーカー。ACの名前を広めたのが、1960年代に一世を風靡した『シェルビーACコブラ』だ。レーシングチーム、シェルビーアメリカン代表のキャロル・シェルビー氏が、ACカーズの高い技術力に着目。さらにフォードモーターがACカーズに、フォード『マスタング』用のV8エンジンを供給する話がまとまり、マッスルスポーツカーのACコブラが誕生した。

1/32 アメリカ陸軍 AH-1G コブラ (後期型) 【32061】 (プラモデル)

最上位グレードはスーパーチャージャーで過給され、最大出力663ps、最大トルク79.5kgmを獲得する。トランスミッションは、6速MTまたはパドルシフト付きの10速AT。カーボン複合素材製のボディなどにより、車両重量は1450kg以下に抑えられ、0~100km/h加速3.4秒のパフォーマンスを実現している。

それまで上品さが特徴だったACエースはスネークダッシュの”走る爆弾”に変身し、大きな反響を呼ぶ。やがてエンジンは4.7リットルに換装され、5万台以上を売り切る空前のヒット商品となったのである。
1965年には、何と7リットルもの大排気量フォードV8をボンネットの下に詰め込んだ”427”が登場、比類の無い加速でアメリカン・スーパースポーツカーの名を不動のものにした。400hpを軽く超える強力なパワーを受け止めるため、鋼管フレーム大径化や足回りがダブルウィッシュボーンに変更されているが、その軽量なボディも相成って停止時からの全開加速ではテールを左右に振りながら豪快に加速する"スネークダッシュ"でドライバーを洗礼する。驚異的なその加速力は、スタンディングスタート0~400m:12秒台を叩きだすという怪物だ。これらコブラ289と427がレースに記した足跡も、実に大きなものがあった。アメリカ各地のイベントは言うに及ばず、イギリスのスポーツカー・レースでも猛威を振るい、特製のクーペはル・マンやデイトナなど国際級のビッグレースでも常に優勝候補の一角を占めた。その結果、今やコブラは自動車の歴史に燦然と輝くヒーローとして、いつも懐かしまれる存在となっている。
モデルとしてはコンペティション、セミコンペティション(S/C)、ストリートの3種類がラインアップされており、名前にちなんで427台が生産された。


タンパにあるコブラの呪いを訪れる際に知っておくべき情報をまとめました。歴史、アクセス方法、周辺の観光スポットなど、旅行者必見のガイドです。

ACカーズとのコラボレーションが終わったあとも、キャロル・シェルビーは「シェルビー・コブラ」として同車を作り続けた。アストンマーティンDBR1で1959年のルマン24時間レースでの優勝経験を持つ、すぐれたレーシングドライバーでもあるシェルビーの“ブランド力”もあり、いまも人気が高い。

【世界の名車】1960年代に400馬力オーバーの怪物「ACコブラ」

大学卒業後自動車雑誌の編集部へ入社。アメリカ車を皮切りに輸入中古車やスーパーカー専門誌の編集部を経て独立。現在も紙媒体の自動車雑誌で編集および執筆を行なっている。正規販売ディーラーや中古車専門店などに取材を行なうことが多く、現場でしか聞けない業界の裏話的なものも取り扱い中。好きな車はフランス車。

今回は強烈な個性を持つアメリカ人が生み出したマッスルカー「ACコブラ」だ。 Share.

実際は、それなりに毀誉褒貶(きよほうへん)もあり、たとえばシェルビー・コブラをめぐっても、当時と同じオリジナルの部品で組み立てているという触れ込みに対して、使っているのはごくわずかな数のパーツではないかと批判を受けたこともある。

アメリカレベル 4011 [1/24 シェルビー コブラ427S/C]

最初のカタログから、写真のクルマは表紙と同じプロトタイプのもの。中央下の写真は英国サリー州テームズ・ディットンのAC Cars社で組み立て中のプロトタイプで、エンジンマウントやステアリングなどの位置決めのために搭載されているエンジンは221cid(3622cc)ライトウエイト「Challenger」V8で、組み立て後にはエンジンとトランスミッションは降ろされて、1962年2月2日にアメリカへ空輸され、260cid(4261cc)V8 260ps/5800rpm、37.2kg-m/4500rpmエンジン+ボルグワーナー製4速MTが積まれた。特徴のある鋼管スペースフレームにハンドメードのアルミボディーが架装された。

キットカーの人気モデル、シェルビー・コブラ。その歴史は、アメリカを代表するレースカーを目指した苦難と奮励に彩られている。

このコブラを世に生み出したキャロル・シェルビーは、レーシングドライバーとしてアストン・マーティンの黄金時代を支えるなどヨーロッパでのレース経験が豊富で、優れたスポーツカーの存在をよく知り抜いていた。コブラのシャーシに用いられることとなったACエースは、高度にバランスのとれた優れた車であったが、戦前のBMW譲りのブリストル2リットルエンジンはパワフルとはいえなかった。そこでシャルビーはライトウェイトで評価の高かったフォード・フェアレーン用の4リットルV8エンジンを持ち込み、シャーシをさらに強化した高性能バージョンとして誕生したのがコブラである。1962年のことである。

AC・コブラ は1960年代を中心に製造されたイギリス及びアメリカ合衆国のスポーツカーである。

260cidエンジンを積んだShelby-AC Cobra Mark Iのスペック。サイズはホイールベース90in(2286mm)、全長151.5in(3848mm)、全幅61in(1549mm)、全高49in(1245mm)、トレッド前/後51.5in(1308mm)/52.5in(1333mm)、車両重量2020lb(916kg)。サスペンションは前後ともAアーム+横置きリーフスプリングの独立懸架、ブレーキは4輪ディスク、ステアリングはウォーム&カム式、タイヤは6.70×15。0 - 1/4mile(402m)加速13.8秒、最高速度153mph(246km/h)。価格は5995ドルであった。Mark Iの生産台数は75台といわれる。

意いただきたい。 なお、COBRA (コブラ)とは、20 人以上の従業員を雇用する雇用主が、(重大な過失.

7歳から心臓に問題を抱えて苦しんできた彼は基金を作り、闘病生活を送っている子どもたちの支援を続けてきた。ACコブラとは直接関係ないことかもしれないけれど、そういうひとが情熱を傾けて作ってきたクルマであることは、ずっと心に残っている。

クルマ大国のアメリカで、特別視されているスポーツカーがある。1台はシボレー・コルベット、そしてもう1台がシェルビーACコブラだ。

上の4点は1963年にフォードから送られてきたカタログ。289cid(4736cc)270ps/5800rpmエンジンを積んだMark IIモデルでサイズはMark Iと同じだが、車両重量は2030lb(920.8kg)、タイヤは6.40×15。0 - 1/4mile(402m)加速13.8秒、最高速度155mph(249km/h)となっている。車名は「COBRA powered by Ford」でSHELBYもACの名前もない。発行した社名もなく、小さい文字で「Design by Richard C. Runyon, illustration by George Bartell & art directed by Peter Brock」とあるのみ。

キングコブラ(1999). KING COBRA. 製作国:. アメリカ. 上映時間:93分. ジャンル:.

フォードから送られてきた1963年のレーシング戦績一覧。これにも発行した社名はなく「COBRA powered by Ford」とあるのみ。1月のリバーサイドはコブラにとって初の勝利で、その後もセブリング、ルマン、ワトキンスグレン、リバーサイドなど多くの勝利を重ねている。

ACカーズは5月24日、新型オープン2シータースポーツカーの『

上の3点は1963年11月になって初めて生産された、右ハンドルの289cid(4736cc)280ps/5800rpm、38.6kg-m/4500rpmエンジンを積んだMark II。英国のAC Cars社で発行されたカタログで車名は「AC COBRA」となっている。フェンダーサイドにルーバーが付けられているが、これはAC Cars社で組み立てた130台目から追加されたもので、1963年4月に100台目を生産していることから、ヨーロッパ仕様はすべてルーバー付きで出荷されたであろう。なお、1963年の途中でステアリングがラック&ピニオン式に変更されている。

ACコブラのベース車であるACエースは、1953年に発売されたブリストル カーズ製の直列6気筒エンジンを搭載したスポーツカーでした。

1964年2月にシェルビー・アメリカン社から発行された289cidエンジンを積んだCobra Mark IIのスペックとオプショナルパーツの価格表。車両価格は5995ドルでMark Iと同じであった。北米向けMark IIの生産台数は580台と言われる。その内30台ほどにATが積まれたという。

シェルビー コブラ 427 (Shelby COBRA 427)

1960年代、フェラーリに代表されるヨーロッパのエスタブリッシュメントを向こうに回し、アメリカン・ストックブロックの大排気量と大トルクを武器として果敢に闘いを挑んだコブラ。
しかし、コブラは純粋なアメリカンスポーツではない。”シェルビーACコブラ”という正式名称が語るように、米英合作車、いわゆるアングローアメリカンとして、ジェンセンやアラードと同じカテゴリーに属する混血車である。ただジェンセンもアラードも、パンチに富んだパワーソースとしてアメリカ製のエンジンを利用したイギリス車だったのに対し、コブラはイギリスからのコンバージョンでありながら、センスの点で根っからのアメリカ車になり切っていた所が違うといえよう。

AC cobra コブラでドライブ! 46works LIFE•18K views · 12:51 · Go to ..

上の2点は1965年に英国のAC Cars社が発行したAC COBRAのカタログ。289cidエンジンを積んだMark IIで、左右オーバーライダーの間に装着されているグリルバー(アメリカではグリルガードと称し35.5ドルのオプションであった)が標準装備された。下側の写真はAC Cars社製ファイバーグラスハードトップを装着したところ。